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ペンギンと移動が好きなITエンジニアがスマートな生き方を考える

エスカレーター歩かないで問題。意識改革も大事だがシステム対応の方が早いのでは

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お題「最近気になったニュース」

賛否両論の絶えないエスカレーターの乗り方問題。先日、以下のニュースの写真を見て色々と思うことがあったので取り上げてみたい。

www3.nhk.or.jp

ニュースは仙台市のものだが、以前は東京駅でも同じようなキャンペーンをやっていた。

trafficnews.jp

この手のキャンペーンが訴えていることに共通するのは以下の2点だと思う。

  • 歩かない
  • 左右2列に並ぶ

冒頭のニュースの写真を改めて転載するが、この写真から違和感を感じたのは、この状況で「歩かずに左右で立ち止まって」と言われてもあまり説得力がないということだ。状況に応じて判断すればよいことなのに、どうも言っていることが極端すぎるように思うのだ。

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高速道路と同じ理屈なのだが何かか違う

高速道路を走る車はそれぞれペースが違う。時速80キロで走行車線を走る車もあれば、100キロ以上で追越車線を走る車もある。エスカレーターの話に置き換えれば「みんな時速80キロで走りましょう」と言っているようなものだ。スイスイ走れる状況でこんなことを言われても耳を貸さないのも無理はないだろう。

だが高速道路が混雑して渋滞気味になると、走行車線も追越車線もほぼ同じスピードになる。ここでは渋滞の発生源については深入りしないが、追越車線もスピードを落さざるを得ない状況がやってくるということだ。

エスカレーターもこの点は同じで「追越車線」が詰まる場合はある。高速道路と違うのは、エスカレーターがそういう時は降り場付近がものすごく混雑していて超危険な状態になっている可能性が高い。こういう状況であれば「歩かずに左右で立ち止まって」は効果を発揮する。

じゃあエスカレーターが混雑していると判断できるなら、乗る時点で立ち止まればいいのでは?っていう話なのだが、うまくいかないのがこの問題の深いところ。

最初の1人になる勇気がない

結局これに尽きると思う。

外国人はどうかわからないが、少なくとも日本人には「前の人が進んでいるから自分も進む」いう行動が刷り込まれている気がする。良くも悪くも小中学校時代の「前倣え」が活かされているのかもしれない。

そんなカルチャーに疑問を抱きつつも、最初に立ち止まるっていうのはなかなか勇気が要る行動ではある。後ろから舌打ちが聞こえそうだし、追突して転倒させられる可能性もある。

歩く人は全員が急いでいる訳ではない

「前倣え」の心理にも当てはまるが、自分がついつい歩いてしまう時の心理はこれ。

都市部の駅などではよく見かけるが、片側を空けることを重視しすぎて乗り場が大渋滞、追越車線はガラガラの状況がある。こういう状況を見て、その場をさっさと立ち去りたいという思いから、急いでもいないのに結果的に急いでいるのと変わらない悪循環が生じているのは否定できない。もちろん単距離で階段が近くにあればなるべくそちらへ回るようにはしているが、選択肢が無い場合も多い。

人の意識改革よりもシステムで解決した方が早い

結局、この問題もシステムで解決するしかないと思っている。

以前のエントリーで混雑した電車内で詰めない人の対応について改善案を記載した。

www.penchosan.com

これらのメリットは誰か人が注意する訳ではなくて、システムが自動で判断するっていうのがポイント。人が「詰めてください」って言うとトラブルの種になりやすいけど、自動判断の結果なら逆に「なんとか解消しましょう」という集団心理が働いて自然に動くのではないだろうか。日本人の国民性を考えても適している気がする。

エスカレーターも同様に、カメラや重量センサーのデータを基に混雑状況をシステムで判断するようにして、乗り場に信号機かLED表示器でも設置しておいて「2列で立ち止まれ」という意味合いのメッセージを表示すればよいのではないだろうか。「運転中」や「進入禁止」の表示は既にある訳だから、そこにもう1種類として加えてもよい。

個人の意識改革に委ねるのは限界があるし判断基準もバラバラなので、システムが自動で判断して人間がそれに従うというのが一番近道のように思う。

人間の交通整理でもよい

もちろんシステム化には膨大なコストがかかるのですべてのエスカレーターに対応できるわけではないだろう。システムでなくてもよい。

正直、冒頭の写真のおじさんが混雑状況に応じて列のコントロールをすればよいと思うのだが、そこまでやっているのだろうか。さすがに看板を持っているだけでは効果がないと思うが。最近めっきり減ってしまったみどりのおばさんぐらいの存在感があれば、逆にすんなりうまく行くのかもしれない。

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まとめ

賛否両論のこの問題。状況に応じて判断しようというのがここでの結論にはなるのだが、歩く人も片方に寄る人も(もちろん事情がある人を覗いて)ある程度「前に倣え」状態になっていてそこまで意識していないのかもしれない。それゆえ意識改革は簡単にはいかないのだが、一方でシステム化を提案しつつも、個々人がどうすればよいか思考する機会が徐々に失われていくという懸念もあり、なかなか根が深い問題だということを強く感じた。