ジメジメしたこの季節、混雑した電車には乗りたくないものだ。都市部がメインの話にはなるが、通勤ラッシュというものはあまり改善されている気配を感じない。数値上は多少改善されているのかもしれないが、体感で言えばほとんど変わっていないのが現状だろう。東京都では時差Bizという取り組みが実施されていて、一般企業、鉄道会社含めて各社オフピーク通勤の推進に頭をひねらせている。
先日、京急電鉄がちょっと面白い取り組みを発表したので取り上げてみたい。
ピーク時間をずらすのではなく、空いている普通列車に誘導する京急
朝のラッシュ時に都心に向かう路線であれば、特急や急行列車が激混みで普通列車は余裕があることが多い。これを利用してラッシュ時間帯に都心方面の普通列車を利用した乗客へポイントを付与するいうのが今回の京急の取り組みだ。
ポイント付与の仕組み
どうやって普通列車に乗っていることを判断するのか?というのを説明したのが以下の図
自動車内放送を実施している際に、人間の耳ではほぼ聞き取れない非可聴音(ヤマハが開発したSoundUD音声トリガー技術「TypeB」を使用した音声信号)も同時に流し、実際に対象列車に乗車しているお客さまが「KQスタんぽ」を操作し、その非可聴音を認識することでポイント付与される日本初の仕組みです。
要は、人が認識できない音声信号を車内に流して、乗客の持つスマホがその信号をキャッチするということだ。決められた区間でその信号をキャッチできたらポイントが付与される。なお、ポイントは1日1回のみで20ポイント(20円分)。
【参考】ヤマハのSoundUD
余談だが、前述の仕組みの引用文のなかで固有名詞が出てきたヤマハのSoundUDという技術は羽田空港でも実証実験として使われているようだ。
空港の地上旅客スタッフによるアナウンスを音声認識、データ変換し、音声信号としてスマホへ送信。スマホ側では受信したデータを多言語で表示するという仕組みだ。空港は基本的にザワザワしていてアナウンスが聞きとりづらいことも多いので、日本人でもありがたい機能ではないだろうか。
懸念点
最新技術を使った取り組みは素晴らしいと思う。一方で、ここでの目的は混雑の緩和だ。朝の貴重な時間と引き換えにこの20ポイントを獲りにいくかどうかというのがまさに「ポイント」になるのだが、いくら普通列車が比較的空いているといっても、おそらく座れるほどではない。それでもすし詰めにされるよりはマシだと思う人がどれくらいいるか。
もうひとつはポイントの汎用性。この仕組みで付与されるポイントは「京急ポイント」という鉄道会社独自のポイントだ。ANAマイルへ交換は可能だが、それ以外ではポイントを直接使うことができず、いったん「ポイント券」に引き換えて加盟店で使うという非常に面倒な流れだ。そしてPasmoにチャージできるわけでもないという、用途が限りなく絞り込まれたポイントなのだ。そう考えると、今回のサービスに乗っかる人はますます限定的にならないだろうか。
他社の取り組み
京急以外の鉄道会社はどのような取り組みをしているか見てみよう。
鉄道事業者取組レポート | 朝が変われば、毎日が変わる。「時差Biz」
JR東日本
こちらは2019年2月に終了しているキャンペーン。中央線(快速)、総武線(各駅)の駅からSuicaで入場して山手線内の駅で指定時間内に下車すれば抽選でポイントがもらえる。抽選で200名って混雑時の電車1両分ぐらいの人数じゃないの・・・
東京メトロ
水色のダンディ坂野が印象的なキャンペーン。もちろんゲッツするのはポイントである。こちらは指定した時間帯に改札を入場し12時までに下車すれば、時間帯に応じてポイントがもらえる。時間帯がゴールド、シルバー、ブロンズの3つに分かれていて、早朝の方がもらえるポイントが高いという工夫をしている。
この他にも継続ポイントのようなボーナスもあったりと、あらゆる手段を試行している苦労が想像できる。もちろん東京メトロは日本一の混雑度を誇る地下鉄である東西線を抱えているという背景があるのだが。
東急電鉄
こちらは東急各線の終着駅を利用すればポイントをもらえるというシステム。改札の通過が条件ではなく、スマホのプッシュ通知が届くという仕組みだ。京急と同様にポイント単独では使えず、ポイントをクーポンに交換する必要がある。
もうひとつ東急の面白い取り組みは、該当区間の定期券を持っていれば、電車と並行して運行しているバスにも乗れるというサービス。電車より時間が掛かるけど余裕のあるバスへ誘導するというアプローチだ。冒頭で紹介した京急が普通列車へ誘導するのも、このサービスを参考にした可能性は高い。
ポイントの付与で効果が得られるのか?
各社いろいろな取り組みをして面白いと思うのだが、共通しているのはいずれもポイントの付与という点である。そして換金性が低い。薄利多売の鉄道会社にとっては10円20円でもグループ内で使ってもらわないと困るのは理解できるのだが、利用者側にとってはどうも魅力的な策には見えない。
アレと似ている
これと同じような問題で2つほど頭に思い浮かんだものがある。
「QRコード決済」と「スーパー・コンビニのレジ袋」だ。
どちらも普及に苦労しているのはご存じのとおり。レジ袋にいたっては義務化が決定してしまった。QRコード決済のキャンペーンでもらえるポイントは鉄道会社のポイントに比べれば遥かに使いやすいが、現金派の習慣を変えるほどの効果が出ているかというとそうでもない。
レジ袋の方はスーパーによって対応が異なると思うが、エコバッグ持参でポイントがもらえるタイプと、レジ袋自体が有料のタイプがあるだろう。おそらく後者の方がエコバッグ普及率が高いはずだ。
これは、心理学でいう「損失回避の法則(プロスペクト理論)」というもので、人間の心理として「得を求めるよりも、損を避ける」という傾向があるということだ。
専門家ではないので、詳細は割愛するが、レジ袋の例でいえば前述の通りだが、以下のどちらがエコバッグの普及に効果があるだろうか。
レジ袋の価値が2円と想定した場合
A)エコバックを持っていけば2ポイント(2円)得をする
B)エコバックを持っていけば2円損しなくて済む
オフピーク通勤も同じこと
「損失回避の法則」を考慮すれば、ポイント付与でオフピーク通勤を推進するよりも逆の方向へ舵を切る方が効果がありそうだということはわかる。
よく聞くのは「ダイナミックプライシング」という概念だ。需要と供給のバランスに応じて価格を変動させる仕組みで、ホテルや飛行機では当然のように採用されている。一方鉄道はというと、軽めの価格変動は存在している。JRの指定席特急券だ。以下のようにゆるーい変動なのだが・・・
閑散期に特急の普通車指定席をご利用の場合、通常期の指定席特急料金から200円引きとなります。繁忙期の場合は、通常期の指定席特急料金に200円増しとなります。
これだとゴールデンウィークや年末年始でも200円加算されるだけなので効果が薄いわけだ。例えば5000円増しだったら分散効果はあるだろう。
おそらく鉄道会社もそんなことはわかっているのだが、できない理由があるのだろう。国土交通省なのか自治体なのかわからないが何か壁があるのは間違いない。
対応案
さて、仮にダイナミックプライシングが導入されたとして、オフピーク通勤に効果を発揮するだろうか。ひとつ問題がある。通勤ラッシュ時の乗客はほとんど定期券を利用している、つまり事前に金額が確定していて既に契約が締結されている状態ということだ。仮に乗車券の値段が価格変動できたとしても定期券では意味がない。
定期券のバリエーションを増やす
個人的な案としてはこれだ。事前に値段が確定しなければならないのなら複数用意すればよいのだ。以下の3つに分ける。
- 通常定期券
現状の定期と同様、利用制限なし。値段は現状よりも高くする。 - 定時定期券
ピーク時専用の定期券。鉄道会社が利用可能時間を設定(7:30~9:30、17:00~19:00とか)。値段は現状よりやや安くする。 - オフピーク定期券
上記の定時定期券以外の時間帯に利用可能。値段は現状より大幅に安くする。
ポイントは2番目の定時定期券。オフピークと一言でいっても、工場や店舗などの勤務で時間をずらすことができない人たちも一定数存在するので、ここだけ値上げするわけにはいかない。ただし、帰りの時間帯も制限することで定時帰りの促進に繋げられると思う。定時帰りを厳守すれば定期代はトータルで安く済むわけだから、企業側に早く帰らせるインセンティブが発生するからだ。
ダイナミックプライシングと呼ぶかどうかはわからないのだが、これで分散できないだろうか。鉄道会社がダイヤを増発したり、車両を増結したり、ホームを増築したりしているが、本質はそこではなくて、結局、企業側に出社時間を柔軟に変えさせないと根本的に変わらないと思うのだ。
まとめ
ポイントを付与するキャンペーンすべてを否定するわけではないが、逆の発想をした方が効果が大きいのではないかという話。正直、今の時点でこんな感じだとオリンピックの時もあまり状況が変わらなそうだという懸念はある。自分は今まで通勤で電車に乗るときはピーク前のかなり早い時間を選択してきたのだが、オリンピックも朝早いからどうなることやら。怪我人が出ないことを祈るしかない。